ノー!ハプサ(合祀)

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zoom RSS 第4回口頭弁論報告 (次回は9月25日です)

<<   作成日時 : 2015/07/29 19:52   >>

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ノー!ハプサ第2次訴訟 第4回口頭弁論報告

 5月27日、ノー!ハプサ第2次訴訟第4回口頭弁論が行われ、原告の李明九(イ・ミョング)さんが
意見陳述を行いました。
李さんは「私の家族は解放の喜びを感じることができませんでした。日本に強制的に連れて行かれた父が
帰ってこなかったからです。父を待っていた母は、1946年10月3日(陰暦)に亡くなりました。母と私、
そして弟がひとつの部屋で寝ていたのですが、その日に限って夜中に目が覚めました。母を起こそうと
声を掛けましたが、返事がありませんでした。母は亡くなっていたのです。…そしてすぐに祖父と祖母も
日本に奪われたわが子を待ちわびる中で病が悪化し、亡くなりました。私と弟は日本のせいで
一朝にして孤児になったのです。母が亡くなった時、私の歳は9歳、弟は5歳でした。その後、
たった一人の弟も飢え、病気になり、長く患うのを見ながらも、私は弟のために何もしてやることが
できませんでした。私たち兄弟は頼るところがなかったのです。私が幼い弟をきちんと世話して
やることができなかったため、結局、幼い弟までもこの世を去ってしまいました。そのため、この世には
私だけが一人残されました。今も弟のことを考えるととてもとても胸が痛み、辛いです。」
と切々と訴えました。

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強制動員によって家族をこれほどめちゃめちゃにされた証言を私は聞いたことがありません。
裁判長、国・靖国は李さんの訴えをどう聞いたのでしょうか。

 弁護団は前回に引き続き、朝鮮植民地支配と靖国神社の関係について、1910年から1945年の
解放までの歴史的事実を論証しました。
これまであまり知られていませんでしたが、韓国併合後も国境地帯で抗日闘争を繰り広げる朝鮮人を
「不逞鮮人」と呼び、日本軍による掃討作戦が展開され、死亡した日本軍人が靖国神社に合祀されています。
朝鮮植民地支配を通して、靖国神社が「侵略神社」であったことを私たちは明らかにしてきました。

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 裁判後の総括集会では、ヤスクニキャンドル行動のドイツ訪問団の報告を李煕子さんから
していただきました。
滞在期間中には、世界遺産登録問題で委員会の議長国であるドイツ外務省も訪問し、意見交換を
行ったとのこと。靖国問題を理解してもらうことはなかなか難しかったようですが、
「負の歴史も伝える」という世界遺産登録問題の決着につながる大きな意味のある
ドイツ訪問だったのではないでしょうか。
(ドイツ訪問の詳細は⇒ http://peace-candle.net/node/234 )

次回は9月25日(金)、次々回は12月8日(火)と決まりました

次回からはいよいよ戦後の合祀問題に入ります。

第5回口頭弁論 9月25日(金)午後1時半〜東京地裁101号法廷(法廷が違います)

第6回口頭弁論 12月8日(火)午後1時半〜東京地裁103号法廷

※いずれの期日も30分前に傍聴券抽選が行われる予定です。裁判後には総括集会を予定しています。

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