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zoom RSS 李美代子さんの陳述

<<   作成日時 : 2016/02/11 10:11   >>

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李美代子(イ・ミデジャ)さんの陳述

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          陳述書

                  李美代子

私は、この裁判の原告である李美代子(イ・ミデジャ)です。
靖国に合祀されている李儀栄(イ・ウヨン)の娘です。
私は、今日この法廷で、解放後70年も経ったのに、いまだに
靖国に閉じこめられている、私の父の名前を取り消すことを、
強く要求します。

父は1921年、1男2女の長男として生まれました。
当時、専門学校まで卒業したため村では羨望されていた青年でした。
私の上に姉がいましたが、1歳にもならないうちに死亡しました。
そして、私が2番目の娘として生まれました。
父は、私が2歳になる年の1943年3月、陸軍に動員されました。
その経緯については誰も私には教えてくれず、詳しくはわかりません。

父が日本軍に連れて行かれた後、「咸興(ハムン)」にある病院に
入院したため、祖父が面会に行ってきたと聞きました。
しかしその後は何の連絡もなかったそうです。
それで、母は再婚し、私は祖父母のもとで育てられました。

解放後、他の人は戻って来たのに、父の生死については何の連絡も
ありませんでした。
祖母は戦争が終わったので長男が戻ってくるという希望を持ち、
待ち続けました。
しかし、待ち焦がれた息子が戻ってこないので、祖母はとうとう
精神に異常をきたしてしまいました。

その当時、私はあまりにも幼かったので何も知りませんでしたが、
私が子どもをもってみると、祖母がどれほど悲しかっただろうか、
本当に胸が痛みます。
日本のせいで、こんなに酷い目にあったと言わざるをえません。
祖母は一日たりとも子どもを忘れることができないまま暮らし、
私が結婚した後すぐに亡くなってしまいました。
私は今も、息子を待ち続けたまま亡くなられた祖母を思うと、
涙が止まりません。

私は親なしに生きてきたことを思うと、あまりにも悔しいです。
親のない寂しさをどうやって表現すればよいのでしょうか。
妻と子を置いて、自分の貴い命をなくしてまで名分のない戦場に
出ていこうとする人が、何人いるというのでしょう。
私は日本のせいで侵略戦争に連れて行かれ、無念に死んだ父を
思うと、憤りが込みあげ、それが胸の中にしこりとなって残っています。

ずいぶん年月が経った2001年12月27日、韓国政府の国家記録院で
やっと父の記録を見つけました。
父は、1945年7月2日、フィリピンのルソン島で戦死していました。
ずっと思い焦がれてきた父の記録を見つけた時、親なしに生きてきた日々が
思い浮かんできて、とても悲しくなりました。
そして、遥か遠いフィリピンの地で無念に死んでいった父を思うと、
胸が張り裂ける思いでした。

父の記録を見つけたのは嬉しかったのですが、それも一瞬のことでした。
父が靖国に合祀されている事実を知ったからです。
私はその瞬間、呆然として何も考えられませんでした。
韓国に遺族がいるのは厳然とした事実なのに、日本政府は父の戦死通知書も
送ってくれませんでした。
そして、父の遺骨も探してくれませんでした。

それなのに、こんなにも待ち焦がれていた家族を無視して、何故父を勝手に
靖国に合祀することができたのでしょうか。
日本政府と靖国は私の問いに答えなければなりません。
日本が戦争を起こさなかったら、父が遥か遠いフィリピンまで行って、
死んだでしょうか?
祖父、祖母が息子をどれほど待ち焦がれただろうか、考えてみてください。
そのことを思い出すと、いまも心の中から日本政府と靖国に対する憤りが
込み上げます。その憤りは私が死ぬまで忘れられないでしょう。

日本政府と靖國に問いたいです。
靖國から父の名前を取消してほしいと言うと、「日本軍として死んだから駄目」
と言われます。
ところで、聞くところによると、日本軍として死んだ日本人には、
「遺族等援護法」という法律があって、多額の援護がなされてきたそうです。
日本人遺族にこれまでに支払われたその総額は、何十兆円にも達するそうです。
しかし、私たち韓国人の遺族には1円も支払われていません。日本軍に
とられた韓国人はみんな若い人で、一家の大黒柱ばかりでした。
当然、残された留守家族・遺族の経済的な苦しみは大変なものでした。
一家離散に追い込まれて、放浪しながら大きくなった子供達もいます。
私も頼るべき父親がいないためにどんなに淋しい思いをしたことでしょうか。
ところが、「援護」どころか「賃金」や「強制的に貯金」させられたお金すら、
未だに遺族のもとには支払われてはいないのです。何という不当な事態でしょうか。
私たちは、別に「援護」して欲しいとは少しも思っていません。
ただ、「日本軍」で同じように苦しみ、殺された犠牲者であるのに、
「外国人だから支払わない」とそのように言うのであれば、
じゃあ、それで一貫して下さい。「外国人なのだから靖國からは名前を消す」と。
どうして、そうしないのですか。あるときは日本人・あるときは外国人。要するに、
自分に都合のいいように、使い分けているだけじゃないですか!

更に日本政府と靖国を許すことができない理由がもう一つあります。
私は幼い頃から篤実なキリスト教の家庭で育ちました。
今も敬虔な信仰生活を送っています。
靖国はいわゆる宗教施設だから信教の自由だと言って、私の父を無断で
合祀しました。
しかし、私の宗教的信念から考えても、父が靖国に合祀されているのを
とうてい許すことができません。

日帝の時代に、キリスト教信者が神社参拝を拒否したという理由で、
逮捕され拷問を受け、投獄されて殉教者もいたというのも知っています。
靖国はこのような歴史から目をそらしてはいけません。
私は神様みに仕えるキリスト者として、父が靖国に合祀されているのを
とうてい受け入れることはできません。
私にとってはあまりにも屈辱的なことです。

日本政府は、解放になってから70年が経つまで、韓国の遺族に補償どころか
謝罪すらしていません。
日本政府と靖国は、自分たちのせいで遺族の苦痛が続いていることを
必ずや知らなくてはなりません。
日本政府は、今からでも、過ちを反省し、遺族の正当な要求を受け入れなければ
なりません。
私はこの法廷で、日本政府は侵略戦争と植民地支配の過ちを謝罪し、
靖国は無念に亡くなられた私の父の名前を取り消すよう、改めて強く要求します。
これが、日本の戦争に取られて若くして死なされてしまった、可哀想なお父さんに
対して出来る私のせめてもの道理だと思っています。 


2015年12月8日
李美代子

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