ノー!ハプサ(合祀)

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zoom RSS 第10回口頭弁論の報告

<<   作成日時 : 2017/04/01 16:07   >>

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ノー!ハプサ第2次訴訟第10回口頭弁論の報告


 2月15日、午後2時より、東京地方裁判所103号大法廷で、
ノー!ハプサ第2次訴訟第10回口頭弁論が行われました。

今回の裁判には、韓国から原告の崔相男(チェ・サンナム)さん、
通訳の金英丸(キム・ヨンファン)さん、太平洋戦争被害者補償推進協議会の
李煕子(イ・ヒジャさん)が参加されました。

 裁判の冒頭に、原告・崔相男さんの意見陳述が行われました。
第2次訴訟が始まった当初は、被告側が原告の意見陳述にしつこく抵抗する場面が
見られましたが、前裁判長の時代に「証拠扱いにはしない」「原告主張の敷衍という
内容なら認める」との整理がなされ、被告側も「従前通りなら認める」との立場を
表明するだけで、特に混乱もありませんでした。

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崔さんのお父さんは長男でしたが、弟さんのかわりに志願兵となり、ビルマで戦死しました。
訓練中に一度帰宅しましたが、その間に崔さんの幼い弟が赤痢で亡くなり、そのすぐ後に
戦地に向かわざるを得なかったとのことです。
崔さんは「一才の息子をあの世に送り、戦場に行った父の気持ちを考えると、
今でも胸が張り裂ける思いです。」と語りました。
そして、日本の敗戦後、帰ってこないお父さんを待つために、66キロも離れた木浦(モクポ)まで、
おじいさん、おばあさん、おじさんが船をこいで向い、1か月半も待っていたこと、
「遺骨」が帰ってきたが、粉のようなものが入っているだけで、死亡が信じられず、
1961年になってようやく死亡届を出したこと、学費が払えず、中学校も退学せざるを
得なかったこと、故郷の田畑も売り払わなければならなくなったこと、等遺族の苦しみを
切々と訴えました。
「父が日本軍に志願したとことを恥ずかしく思い、恨みつつ生きてきた」という崔さん。
しかし、遺族会の活動に参加し、他の遺族と歴史を学習する中で、「弟のために仕方なく
戦場に行かなければならなかった父を想うと、恨みと憎しみが尊敬する気持ちへと変わった」と
言います。そして、「靖国神社から父の名前を取り消した時、はじめて私は母の霊前に、
晴々しい気持ちで報告することができます。そして、本当の意味での祭祀をすることができます。
それが子としての当然の道理だと思います」と結びました。


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 原告側からは、準備書面15(人格権論)、16(求釈明)、17(個別の損害論その1)の3本を
提出しました。
北海道の二風谷ダム訴訟判決を手掛かりに、「民族的人格権」を体系的に打ち出し、
それとの関係で事実関係の認否が必要であるとして、これまでの原告の事実関係の
主張を1本にまとめて求釈明を行いました。被告側がどうこれに対応してくるか見ものです。

 次回は4月25日(火)午前10時30分より行われます。

次々回の期日も決まり、7月4日(火)午後2時からとなりました。

今後もご支援よろしくお願いします。

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