1・22 第21回口頭弁論の報告

第21回口頭弁論の概要

 1月22日に、ノー!ハプサ第2次訴訟第21回口頭弁論が行われました。韓国からは原告の柳修鋭(ユ・スイェ)さんと民族問題研究所の金英丸さんが参加されました。柳さんは初めての来日だとのことでした。

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生まれる1日前にお父さんが動員された柳さん


 最初に原告の意見陳述が行われました。
柳さんは「私は1945年1月21日に生まれました。 父は私が生まれる前日の1月20日に動員されました。
出産を控えた臨月の妻を後にして、まもなく生まれる子どもの顔も見られないまま、戦場に連れて
行かれた父のことを思うと、あまりにも心が痛いです。
その後、父からは生まれたばかりの私の写真を送って欲しいという手紙が来たそうです。
『元気にしている。息子に会いたい。息子を見たいので写真でも撮って送ってもらいたい。
数日でも遅くに来たのなら、息子の顔を見てきたはずなのに…』と書かれていたそうです。」と、
柳さんが生まれる1日前に動員されてしまった父への思いを語り、
「学校へ通うのができなかったのはもちろん、生きるためにいろんな仕事をしなければなりませんでした。
ガム売り、靴磨き、新聞売りをしながら生きてきました。あまりにも生きるのが大変だったので、
何度も自殺を考えたことがありました。」と遺族の苦しみを訴えました。
そして、陳述を「私は家系を継ぐために、大変苦労をしながらも、死なずに生き残った父の
唯一の子です。子としての道理を尽くしたいので、もう一度強く求めます。
靖国から父の名前を取り消してください。」との言葉で締めくくりました。


原告らは、ただ、自分の父・兄、そして自分たち遺族を人間らしく扱うことを要求している

 最終弁論が予定されていたので、原告、被告双方から最終準備書面が提出されました。
原告側の最終準備書面は157ページにもなるもので、はじめに(総論・第1章)を内田雅敏弁護士、
法律論(第2・3章)を大口昭彦弁護士、事実関係(第4~5章)、山口自衛官合祀事件最高裁判決批判を
浅野史生弁護士、最後に結語(第7章)を再び大口弁護士が陳述しました(結語を8ページ以降に掲載)。
 大口弁護団長は「韓国人である原告らは、ただ、自分の父・兄、そして自分たち遺族を、
人間らしく扱うことを、日本国・靖國神社に要求しているのである。そのような原告らに対して
『あなた達は、あの当時は日本人だったんだ』などとことさらに言って、韓国人の心の奥底の
傷を改めて、わざわざ掻きむしるような理屈を敢えて持ち出して、2019年のこの現時点において、
1910年(韓国併合)・1939年(創氏改名)・1943~44年(志願兵制度・さらに徴兵徴用)・
1945年8月14日に、時計の針を巻き戻すことを、原告らに要求する権利は、日本国・靖國神社・
全ての日本人には何らないことは明白である。貴裁判所が、この最も端的な理に立って、
アジアの歴史において重要な意味を持っている本件事案について、それに相応しい、
情理兼ね備わった判断を示して下さることを切に望む次第である。」と弁論を結びました。

 年度内判決が予想されていましたが、裁判長は5月28日(火)午後3時に判決言い渡しと宣告しました。

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