5・28東京地裁不当判決抗議声明

5・28東京地裁不当判決抗議声明 ノー!ハプサ(NO!合祀)

東京地方裁判所に入る原告団.JPG
東京地裁に入る原告団

不当判決に抗議する原告・弁護団.JPG
不当判決に抗議する原告・弁護団

植民地支配下で旧日本軍の軍人・軍属として強制動員され、戦死した
韓国人の遺族27名が靖國神社への無断合祀を取り消すよう求めた
ノー!ハプサ第2次訴訟において、東京地方裁判所民事第28部は
5月28日、原告の訴えをすべて斥ける不当判決を言い渡した。
判決理由の説明もなく、「原告の訴えをいずれも棄却する」という
一言で裁判官は逃げ去った。
原告は「簡単に何も言わずに判決が終わったので本当に怒りを覚える。
裁判官自身過ちがあるからだと思う」(李明九さん)
「怒りがいっぱいで、ここで今から、父の名を取り消すまで座り込み
したい気持ちだ」(朴南順さん)と、裁判所の態度に怒りをぶつけた。
 判決書は316頁と一見分厚いが、そのほとんどは、原告の
準備書面をそのまま綴っただけだった。裁判所は原告の訴えを自ら
咀嚼することさえ放棄し、単なる付属物に貶めた。「著しく怠惰な
判決」(大口昭彦弁護団長)だ。
判決は、「被告靖國神社には、一宗教法人として憲法20条1項の
規定する信教の自由が保障されているところ…我が国における信教の
自由の保障の基本的な枠組みに照らせば、本件合祀行為等が信教の
自由の保障の及ぶ適法な行為」と遺族に無断で行われた靖國神社合祀
を「適法」とまで言い、「本件各合祀行為等は、単に本件各被合祀者
を被告靖國神社に合祀し、その合祀を継続する行為であるところ、
このような行為をもって、被合祀者を揶揄し、あるいは侮辱するもの
ということはできず、社会通念上許される限度を超えて原告らの
人格的利益を侵害するものとは到底いえない」と、原告の訴えを
「法的保護に値しない」と切り捨てた。
原告はいずれも大切なお父さんやご兄弟を強制動員され、失った
方ばかりだ。その立場を少しでも理解できれば、「到底いえない」
などと、居丈高な言葉を遺族に投げつけることなどできないはずだ。
 今回の判決の特徴は、「植民地支配」について、一言も言及されて
いないことだ。
原告側は植民地支配下に行われた朝鮮での民衆弾圧と加害者の
靖國神社合祀、原告の肉親の悲惨な死の実相、侵略神社としての
靖國神社に合祀される韓国人遺族の苦痛を詳細に明らかにしてきたが、
判決は「原告らは、被告靖國神社の有する『歴史観』なるものを
るる論難するが、上記判断を左右するものではない」と歯牙にも
かけない。
2011年7月21日のノー!ハプサ第1次訴訟一審判決が
「韓国国籍を有する原告らが、植民地時代に日本国に徴兵、徴用
されて第二次世界大戦の戦場に赴き、死亡した者の遺族であることを
踏まえると、被告靖國神社による本件合祀行為等に対し強い拒絶の
意思を示していること自体については、原告らの歴史認識等を
前提にすれば、理解し得ないわけではない」と、曲がりなりにも
「植民地支配」に
言及したことと比較しても著しい後退だ。
 今回の判決は、植民地支配の歴史的事実さえ認めず、アジアの
民衆からの人権回復の訴えに憎悪をむき出しにするヘイトスピーチと
本質的には変わらない。
日本社会の現状を象徴する判決であったと言える。だからこそ我々は
負けるわけにはいかないのだ。
 本日、原告らは東京高等裁判所に控訴した。不当判決に
立ち会った、原告、弁護団、支援者で、もう終わりだと考える者は
いない。「今日は負けたが、勝つまで止まることなくあきらめずに、
みなさんとともに闘っていきたい」(太平洋戦争被害者補償推進
協議会共同代表・李熙子さん)との呼びかけに応え、合祀取消しを
実現するまで、共に闘うことをここに決意するものである。

2019年6月7日(控訴の日に)ノー!ハプサ(NO!合祀)


2019年6月6日 抗議声明
韓国人元軍人軍属犠牲者
靖國神社合祀絶止等請求事件弁護団


1 去る5月28日、東京地方裁判所民事第28部は第二次靖國
合祀絶止請求訴訟(平成25年<ワ>第27808号)について、
「原告の請求をいずれも棄却する」との、不当極まりない
違法判決を行った。
 この事件は、大日本帝国の植民地支配故に、第二次世界大戦の
苛酷な戦場に強制的に動員された結果、犠牲となり戦没した韓国人
元軍人軍属の遺族が原告となって、日本政府・靖國神社を被告と
して、一方的な靖國神社合祀に抗議し、その絶止等を請求した
ものである。この5年間半余(第一次請求からは13年間)、
原告と連帯し共に闘い抜いてきた弁護団は、満腔の怒りを以て、
この不当判決に抗議する。

2 判決は形式・内容共に、お粗末の一語に尽きるものである
(総頁数316のうち、裁判所・裁判官自身の筆になる部分は
僅か40頁。合祀の経過のみを記述した事実認定を除けば、
内容は実質20頁程度。しかもそれは、被告日本国の傲慢
そのものの主張を、そのまま書き写したものであるにすぎない。
他は全て、原告書面の横着な添付及び引用のみ)。
 そもそも本件は、植民地支配問題に関しての世界史的と
言っても過言ではない意義を有する、厳粛そのものの課題である。
にもかかわらず本判決は、このことを全く理解しようとも
しなかった日本の裁判所・裁判官の、怠惰で精神的に腐敗した
姿勢が、遺憾なく露呈されてしまったとしか言い様のないもので
あった。
法廷に於いて、裁判官に対して、何度も何度も涙ながらに切々と
訴えられた原告の言葉は、何と聴かれたのであろうか。
 人間は、人間の生死という厳粛な問題について、ここまで
無関心・無感動になりうるものであるのか…。
ましてや、裁判所・裁判官は「人権の砦」などと自らも
語っているはずではないか。
 同じ日本人として、恥ずかしい限りであり、慚愧に堪えない。

3 判決のロジックは、概ね、第一次訴訟に対する東京地裁・
高裁判決に、安易に寄りかかりこれを踏襲したものであるに
過ぎないが、しかしその表現等に於いては、原告の心情を
慮る気持の一片すら窺うことはできないものであって、
一次訴訟判決よりも更に後退している感さえも存する。

4 そもそも我々は、この訴訟の有する歴史的な意義にふまえ、
決して第一次訴訟判決の如き裁判所の非論理的逃亡は許さない
との強い決意をもって、その退路を断つべき万全の主張立証を
行った。
 しかるに、裁判所はこれに対しては、噛み合った議論は
全く何も出来ないままに、原告の主張を勝手に抽象化・歪曲・
捨象したうえで、これに対して、「靖國神社の信教の自由」
「民族的人格権は外延が不明確」等々の、紋切り型そのものの
修辞を以て、ただただ逃亡したのである。
これはまさに、大日本帝国崩壊後の75年を経た今、改めて、
現在的に、韓国の民衆に対して、植民地支配の受忍を
権力主義的に迫っている以外の何ものでもない。
到底許されない。
立場を代えて、自分が原告のような犠牲者の遺族であった
場合に、果たして、このような傲岸そのものである言葉を、
不誠実にも口に出来るであろうか。
本判決は、人間としての最小限の想像力をすら欠落した
裁判官による、最低最悪の判決である。

5 我々はもちろん、このような、到底判決などとは
呼べない駄文を容認することは出来ない。
原告諸氏、また帝国主義・植民地主義の不正・非道を
決して許してはならないと明確に決意した日韓両国人民と
固く連帯し、最後まで闘い抜く所存である。

以 上

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント