控訴審第1回口頭弁論での朴南順(パク・ナムスン)さんの陳述

陳述書
2朴南順さん.JPG
私は日本の侵略戦争に動員され、犠牲になった朴満秀(パク・マンス)
の娘です。
私の父は海軍軍属として動員され、1944年2月24日にブラウン島で
戦死しました。
そして、1959年10月17日、靖国神社に無断で合祀されました。
私は日本政府と靖国神社の法的責任を問い、父の名前を取り消すことを
求めるため、再び法廷に立ちました。

1942年11月22日、南原郡の郵便局で働いていた父親は、日本によって
南洋群島へと連れて行かれました。
私を妊娠した臨月の母親を後に残して、生きて帰ることのできない
戦場へと連れて行かれたのです。祖母は口癖のように、父を
「日本の野郎たちが連れて行った」と話しました。父から送られた手紙には、
「あんまりにも暑くて服を着ていられない。
ふんどし一つで一週間を我慢しなければならない」と書かれていたそうです。
私は、侵略戦争を起こして服もまともに支給する能力もないのに、
父を連れて行って死なせた、無責任で無謀な日本という国に対して、
怒りを抑えることができません。

父が戦死したという知らせを聞いた祖母は、飲食を一切せず、私たち家族は、
そのときから幸せになることができませんでした。
祖母は父が生きて戻ってくるかもしれないと言い、亡くなるまで表門を
閉めずに過ごしました。父の死を受け入れなかった祖母は、本来であれば、
1年に一度行うべき祭祀(チェサ)を頻繁に行いました。父の誕生日、
連れて行かれた日は、もちろん、祖母の心が苦しいたびに祭祀を
行っていたのです。余裕がなかった暮らしに、1年に一度祭祀を
執り行うことも大変なことなのに、祖母がどれほど大変な目をして、
息子のため頻繁に祭祀を行なったか想像してみてください。
祖父と祖母は、帰らない息子を待ち焦がれた末に、二人とも早くに
亡くなりました。
私は父を戦場で死なせた日本が、祖父、祖母を死なせたと思います。
私は、我が家族の幸せを奪った、日本の重い責任を必ず問うつもりです。

私は、2005年国家記録院を通じて父の記録を受け取って初めて、
父が靖国神社に合祀されているという事実を知りました。
私は、天皇に忠誠を誓い死んだ者を祀っている靖国神社に、
父が合祀されていることを知って、到底理解できず、込み上がる怒りを
我慢することができませんでした。

父が24という若い年で日本の侵略戦争に連れて行かれて死んだのも
悔しいことなのに、なぜ魂さえ、今この瞬間まで、それも日本名で
侵略神社靖国に閉じ込められていなければならないでしょうか。
なぜ犠牲者である父が、侵略戦争を起こした加害者の戦犯らとともに
合祀されていなければならないでしょうか。父は天皇のために
死んだのではなく、天皇に殺されたのです。
父は、祖国が解放されて74年も経っても、日本の植民地支配を
受けているのです。
私は父の名前を靖国神社から必ず取り消して解放させるつもりです。

私は、日本政府と靖国神社が自分勝手に父を合祀しながら、
遺族には連絡すらしなかったことを到底許すことができません。
日本政府は遺族に戦死通知もせず、遺族扶助金も一方的に供託しました。
それなのに、靖国神社には父親の情報を詳しく知らせました。
また、靖国神社は、父を無断で合祀した後、遺族には何も知らせて
くれませんでした。私は、このように最初から最後まで遺族を
無視している日本政府と靖国神社の責任を最後まで問うつもりです。

祖母が亡くなった後、私は父の誕生日の3月3日にキリスト教式で父の
追悼式を行っています。
しかし、靖国神社が我が家の宗教とは異なる方式で父を無断で
合祀し続けているので、私は父を真の意味で追悼する権利さえ
奪われているのです。靖国神社は、韓国と日本で各々の宗教方式で
父をお祀りすれば良いと主張しているが、韓国の文化や伝統から
考えればありえないことです。亡くなられた方のお墓は、
一か所にあるべきです。そして、犠牲者を追悼する権利は、
ただ遺族にあり、その権利は他の誰もが侵害することはできません。
靖国神社は、遺族の許可もなく、父の霊魂まで閉じ込めて理解できない
詭弁を繰り返しています。私は到底許しません。
また、日本政府が父親の遺骨を探してくれなかったので、
いま父の墓地は空っぽのままです。侵略戦争に父を連れて行ったのは
日本政府なので、父の遺骨を遺族に返す責任も当然日本政府にあります。
ところが、日本政府は、父を靖国神社に合祀する際には、
日本人だったということで無断で合祀しておいて、遺骨調査をする際には、
韓国人だからといって探す姿勢すら見せてくれないのです。
私は、侵略戦争を起こした罪について反省と謝罪するどころか、
このように無責任で反人道的な姿勢を続けている日本政府を到底許すことが
できません。日本政府は、遠く離れた異国の地ブラウン島に埋もれている
私の父の遺骨を、すぐに探して私に返し、謝罪しなければならないでしょう。

私は、父の名前を取り消すことを求めるために、遺族らと一緒に靖国神社に
2度行きました。ところが、靖国神社は訴訟中という理由で私と遺族らを
門前払いしました。さらには、警察まで動員し、私たちを靖国神社の外まで
暴力的に排除しました。靖国神社の責任者が頭を下げ、私たち遺族を丁寧に
案内しても足りないのに、警察まで動員して私たちを追い出すなんて、
私は沸きあがる怒りを抑えることができませんでした。
靖国神社は、遺族にも知らせないまま合祀した過ちについて反省して
謝罪するどころか、遺族が出入りすることさえ許さなかったのです。
私は、靖国神社の破廉恥で無礼な態度を許すことができません。

私は、昨年5月28日、この訴訟の1審判決を直接聞きました。
5年7ヶ月という長い時間がかかった訴訟の判決を、わずか5秒で
読み上げ逃げるように法廷から去っていく裁判官らの姿を見て、
私は怒りを抑えることができませんでした。日本まで来て、
戦争被害者として人権の回復を訴えた原告らの声に、丁寧に
耳を傾けるどころか、「忖度判決」を下した、裁判所の誠意のない
態度に、失望を超え怒りを感じました。控訴審の裁判官の皆さんは、
より賢明な判決を下さると期待しています。

私は、日本が起こした侵略戦争のせいで、父のない悲しみを
感じながら一生を過ごしてきました。我が家族は父を失い、
幸せを奪われました。私は、父の名前を靖国神社から必ず
取り消すつもりです。それだけが、侵略戦争に連れて行かれ、
「犬死」させられた父の悔しさを解きほぐす唯一の道だからです。
私は、無謀な侵略戦争を起こし、父を戦場に連れて行き、死なせ、
無断合祀を続けている日本政府と靖国神社の法的責任を
最後まで問うつもりです。

2020年1月20日
朴南順

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント